創設者プロフィール

創設者を知る


創設者 伊藤 小一
いとう こいち

昭和13年11月20日樺太に生まれ。敗戦から3年後すべてを奪われ引揚者として帰国、少年期より辛酸をなめる。大工に弟子入り、その後、青雲の志をもって上京、夜学に通いながら機械工として働く。この間5,000冊を越える書籍を読破する。30歳で(株)日本商工振興会設立、47歳で赤の他人に経営者の椅子を譲り、自らは「札幌初代会」を旗揚げする。この若手創業者の会からは多くの上場企業が誕生している。平成3年10月から9ヶ月かけ歩いて日本一周7,400kmを走破する。

また、自ら提唱実践する『伊藤小一と24時間100kmウォーキング』も毎年回を重ねる毎に参加者が殺到しています。この厳しい時代の中にあって、中小弱企業の繁栄を願い平成14年4月守成クラブを創設、以来 全国10万社の全国会員ネットワークづくりをめざし情熱を燃やし続けている。氏は、会う人毎に『がんばれ!』の精神を語りつつクラブ拡大の為に全国を駆け巡る。正に、中小弱企業の私達の救世主といっても過言ではない。

伊藤 小一のモットー「ゆっくり歩けば遠くまで行ける。」

守成クラブの命名について

貞観政要

貞観政要

「貞観政要」という中国の書物から引用した「創業守成」(守成は創業より難し)、同時に「先祖の完成した事業を受け継いで守っていく」とする守成(史記)の言の2つを基に伊藤小一創設者が命名しました。

貞観政要 じょうがんせいよう

帝王学の教科書であり、日本では平安時代から江戸時代にかけて教養人の必読書となっていました。また昨今では、リーダーシップ学の教科書としても注目されています。唐の太宗の政治に関する言行を編録した書であり、 貞観とはその時の年号です。太宗・李世民は、中国4千年の長い歴史の中でも、屈指の名君として知られ、唐王朝の「二代目」として、平和で安定した社会を築くことに成功した。その治世を後世の人々は、太宗の年号を取って「貞観(じょうがん)の治(ち)」と称えてきた。書の内容は、太宗と家臣たちの問答集を中心に編纂されており、その問答を通して、トップと部下たちの組織運営の真摯な姿勢と覚悟が余すところなく解き明かされています。
※「史記」中国前漢の武帝の時代、司馬遷によって編纂された中国の歴史書です。

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